2021年11月5日金曜日

ネイティブ・アメリカンからの印象

黥面からの発想です。昔、テレビの西部劇でインディアンが顔に縞模様があったような気がして、ひょっとして古代からの風習として残っていたのかと思いました。 ウィキペディアとかで見ると、 インディアンはコロンブスがアメリカ大陸を発見したときに、間違ってインドと思ったことから呼ばれるようになったようです。しかし、当時の感覚なのか、先住民を人間とは見なしていなかったような振る舞いにも見え、コロンブスは極悪非道の人物的な評価のように記述されていて、極端な評価になっていて、どうなのだろうと思います。

『ネイティブ・アメリカン―先住民社会の現在 (岩波新書)』 新書 – 2009/1/20、鎌田 遵 (著)

図書館から借りてきましたが、黥面とかの話は無いようです。

インディアンの悲惨な歴史の話がいろいろ出てきます。頭に入れておかないといけない問題だと思います。 西部劇の戻って、この本の引用です(124ページ)。

白人がつくった「インディアン」 苦難の歴史を歩んできた先住民は、アメリカ社会でどう描かれてきたのだろうか。本章では、 先住民のイメージの変遷に着目し、その時代背景を見ていきたい。 ハリウッドに代表される映画産業による先住民の描写の変化は、アメリカ史における先住民の位置づけと深く重なっている。たとえば、先住民が白人を攻撃する野蛮人として描かれるこ との多い西部劇映画は、米ソ冷戦を背景に政治がとくに保守化した、一九五〇年代にもっとも大量に制作された。観客は、開拓者の不遇の死に涙し、野蛮な先住民の末路に拍手喝采した。時代を超えて西部劇は、白人がフロンティア精神の栄光に酔いしれる娯楽として愛されてきた。
一九三九年から一九六四年のハリウッドは、ジョン・フォードの時代だった。彼の作品は、それまでのアクション主体で、単純なストーリー展開の西部劇とはちがい、人間ドラマに溢れ、現実性と説得力に富んでいた。フォードは史実を脚色して、映画化する手法を得意とし、「インディアン」の存在を勇敢な開拓者への脅威の象徴と描き、アメリカ人が懐かしむ、「古き良き時代」を髣髴とさせる内容で観客を惹きつけた。

ハリウッド映画は巨大な売り上げをヨーロッパでも更新し、国内外を問わず、白人が創造した先住民像は、スクリーンを通して実社会に定着していった。なかでも一九三九年に封切られ、大ヒットした『駅馬車』は、フォード監督の代表作で、有名なクライマックスは、白人たちの乗る馬車が、極悪非道で執拗な「インディアン」の攻撃をかわしながら逃げるシーンである。白人を追いたてるジェロニモに率いられたアパッチ族の戦士たちは、スクリーンでは獰猛だ (図5-1)。『駅馬車』にかぎらず、ハリウッドが量産したジェロニモとアパッチ族のイメージは、恐ろしい虐殺者だった。

ハリウッド映画が取り上げているのは、一様に馬をあや つる平原部族(おもに狩猟部族)の戦士ばかりで、先住民を 敵もしくは味方の二種類に分けて単純に描いている。先住 民の部族固有の文化や言語、部族社会、そして個々の先住 民の人間性は、ストーリーの展開には関係がない。
ごく最近まで、ハリウッド映画のインディアンは、実際の部族や地域性や性別といったものとは無縁の虚像でしかなかった。さらに言えば、西部劇に登場する先住民はたいがい男性の戦士で、女性が描かれることはほとんどなかった。・・・・

駅馬車の映画は、80数年前の時代のもので、その当時の考え方が反映されているということだと(見てないのですが、勝手に)思います。白人の正当性をアピールしていて、これはコロンブスの時からと考えれば400年ほどの期間になります。特殊な歴史ではないと思います。日本においても、これから想像できるような気がします。風土記や記紀の神話的な部分の記述に表れていて、それほど古くはなく、奈良時代から平安時代にかけての東北侵略などにもあったような気がします。かなり大雑把ですが。

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