安田仮説は本のタイトルのつもりでした。内容は安田という名字についての仮説です。 名前の発生が七世紀ごろと考えられ、この時代をきちんとしないといけないということで、古代史に首をつっこむことになりました。内容は昔と今では言ってることが違うことも多いです。現時点の考え方は以下のようなものです。 1.聖徳太子や推古天皇はいなかった。蘇我・物部の争いもなかった。 2.大化改新もなかったが、その後の話の展開で必要とされたのだろう。 3.血縁関係はどうだかわからないが、孝徳天皇・天智天皇・天武天皇・持統天皇は存在しただろう。天智天皇と持統天皇には親子関係があることは否定しない。 4.遣隋使を送った倭国は「大和」にはなく「吉備あたり」だろう。 5.天武天皇は渡来系の人で、出雲国譲りは天武天皇(大海人皇子)の時代のことだろう。 6.日本書紀は中国の「唐」向けの文書で、八世紀初めの日本の立場を良くしようとするために潤色が多くあるのだろう。 ・・・・・・
藤原の名字の県別分布を作っていたのを思い出しました。名字のランキングでは四十六番目に多い名字です。佐藤・伊藤・加藤などの元になった名字で、鎌足から始まり、藤原道長とか有名です。全国的に万遍なくあるように思えましたが、分布の偏りはありました。当てになるかわかりませんが、以下の図です。
東北に多いのは奥州藤原氏の関係であろうと思われます。西日本では吉備や出雲に多いように見えます。奈良時代や平安時代の影響が何かしらあり、これらの地域を藤原氏が支配していたことがあるのかもしれません。
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