2018年4月6日金曜日

観心寺の手水舎

 観心寺は神仏習合が残っている雰囲気のところです。
おそらく江戸時代にはこういうところが多かったのかもしれません。
よく考えれば、江戸時代に、手を合わせたり、「二拝二拍手一礼」とかを
切り替えていたとは思えません。明治時代の国家神道の変化がそのまま古い時代から続いていたように感じていただけかもしれません。
さて手水舎です。参詣者が手や口を漱ぎ清めるところです。
何か文字が刻まれていますが、よくわかりません。解読しようとしましたが限界でした。
水で清めるのは仏の教えであるというような意味だとは思います。


當願 衆生 得清
灌水 ?? 佛法
寛文十-十月二日
施主堺湯屋町
(土・中・十?)屋?一郎

 国宝の金堂が、寛文年間に修理されているようなので、その時のものだろうとは想像されます。
堺の商人らしき人の名前があります。一郎と読めるか確信は持てませんが、一族郎党の意味での一郎だと思います。

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