2018年7月11日水曜日

阿蘇の地名

 阿蘇の地名が一般的なものか角川日本地名辞典で見ました。「あそう」は省きます。「あそ」だけを見ています。「あそ」の地名はそれほど多くは無さそうです。隋から裴世清がやってきたときに、阿蘇山の噴火がその時にあったのでなければ、鬼ノ城にやってきた可能性は大きいように思われます。宮城県の「あそ」は栃木県から移ったとのことです。吉備の阿曽も阿蘇山の噴火のためにやってきた人たちの移動かもしれません。岡山県と熊本県の関係がわかりません。鉄鋳物の生産に意味があるのかもしれませんが、これは妄想的な話です。
 以下、「あそ」が見つかった巻のメモです。打ち間違いや、省略がありますが、おおよそわかると思います。
4.宮城県
  安蘇の郷<色麻町>[古代]平安期に見える郷名。・・下野国の阿蘇郷からの移民開拓が行われたと考えられている(地名辞書)。色麻が飾磨だとすれば、播磨国飾磨郡に由来するものである。だから安蘇も郷名と考え、これを下野国安蘇郡に結びつけることは妥当である。
9.栃木県
  安蘇郡 下野国・栃木県の郷名。県南西部の秋山川・旗川
流域に位置する。[古代]平城宮跡出土木簡に「安宗」と見え、当郡を指すと思われる。万葉集の例があり、歌枕とのこと。安蘇郷(佐野市)
13.福井県
  阿曽<敦賀市>西を敦賀湾に面して位置し、東背面の山麓は急崖から運搬された土壌が扇状地状をなす。地名は、往古天変地異か開墾などで土地が裸になったか、あるいは荒地化した土地に集落が次第に成立したなどの理由で生まれたのではないかという(敦賀旧町村地名考)。麻生(あそ)というところもあります。こちらは古くは「あそふ」とのこと。
20.長野県
  安宗郷《あそのごう》<上田市>[古代]平安期に見える郷名。「和名抄」小県郡八郷の一つ。高山寺本は「阿曾」、東急本は「安曽」の訓を付す。条里遺構の残った塩田地区に推定されている。
24.三重県
  阿曽<大宮町>紀伊山地と大台山地の山間。屈折しながら北流する大内山川の下流域に立地する。中央部は低平地。地内の神ノ木《こうのき》は文永五年に豊受皇太神宮第31回遷宮御料材の阿曽御杣となった(御杣山記録)。・・・
  阿曽<南島町>熊野灘に臨むリアス式海岸の1つ鷙湾の東端に位置する。当地の片山寺(臨済宗)にある雲板の裏面に「志州英虞(あご)郡阿曽御園 片山冷泉庵 文明六年甲午三月」と刻されており、当時志摩国であったこと、神宮の御園であったことを証している。・・
26.京都府
  阿蘇海《あそかい》 与謝郡岩滝町と宮津市にまたがる、天橋立西面の内海。「あそみ」で「遊の浦」の遊びからの説があるようです。
27.大阪府
  麻生とあるので省略。
28.兵庫県
  阿曽<太子町>揖保川支流林田川下流域左岸に位置する。[中世]阿曽村 戦国期に見える村名。
33.岡山県
  安蘇<美作町> 古くは阿曽・阿蘇とも書いた。「東作誌」に「近代安蘇の文字に改む、年号不詳」とある。地名の由来は鎌倉期北条氏の族阿曽弾正小弼が鎌倉を落ちて美作の当地に来住し阿曽と称したという(東作誌)。また一説には地内の阿蘇宮からともとある。
  阿曽(あぞ)<総社市>足守川中流右岸に位置する。古代には「あそ」と読んだ。当地では古くから鉄鋳物の生産が盛んで、中世には鋳物製品を吉備津彦神社や吉備津神社に納めることによって営業上の特権を得ていたものと思われる。吉備津神社の鳴釜神事に使用される釜は当地で製作されていたが、現在その技術は絶えた。
[阿曽郷]奈良期~平安期に見える郷名。「和名抄」備中国賀夜郡十四郷の1つ。高山寺本は「阿曽」、東急本は「阿宗」につくりそれぞれ「安曽」の訓を付す。正倉院文書や平城宮出土木簡の話があって・・・天平十二年にはすでに五〇戸一郷制へ移行しているにもかかわらず依然として里名を使用している点が注目される。(私には良くわかりません)郷域は、現在の総社市北東部の東阿曽・西阿曽一帯に否定される。
43.熊本県
  阿蘇<阿蘇町>阿蘇谷の西部に位置する。[古代]阿蘇郷 平安期に見える郷名。「和名抄」阿蘇郡四郷の1つ。高山寺本には「阿曽」とする。以下省略。

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