2018年6月12日火曜日

百済の難民と遺伝子

 前回に続いて、「日本語の起源と古代日本語」臨川書店、京都大学文学研究科編
を見ています。抜き書きです。
 人類はアフリカを起源として、広がっていきました。78ページから、シベリアにたどり着いた後、ベーリングジア(ベーリング海が陸地化した)を通って、南北アメリカに移動したそうです。69ページからですが、現在、南米ではほとんどスペイン語・ポルトガル語になってしまっています。しかし、これはスペイン人やポルトガル人が大量に移住したのではなく、少数のスペイン人・ポルトガル人が南米を征服したことが原因とされます。コロンビアでは男性遺伝子Y(男子はXY、女子はXXで、父母から一個ずつ子に伝わる。父のXと母のXを受け継げばXXで女、母のXと父のYを受け継げばXYで男となる。男子を受け継ぐ遺伝子と女子を受け継ぐ遺伝子があるらしい)の94パーセントがヨーロッパ起源の遺伝子であり、女性遺伝子ミトコンドリア遺伝子(XYと別らしい)は現地のものであるという(青木薫訳「DNA」下、2005)。つまり、少数のヨーロッパの男性が現地の女性に子供を産ませ、男を殺してしまったために、現地の男性の遺伝子は6パーセントしか現存しないということである。
と書いてあります。ミトコンドリア遺伝子による移動は女性の移動の歴史ななるとのことです。
 さて、日本語についてですが、遺伝的にはタミル語のドラヴィダ族は、日本にやってきたとは考えにくいようです。Y遺伝子ではモンゴル・チベットとの関係が深く、ミトコンドリアと核遺伝子からは朝鮮半島の関係が深いという結果で、かなり古い時代にモンゴルやチベットからやってきた遺伝子に、朝鮮半島から多くの女性がやってきて、日本在住の男性と混血したことになる。これは不自然な設定になるので、このような齟齬が起こる原因を探る必要がある。(82ページあたり)とあります。
 しかし、朝鮮半島から多くの女性がやってきたことはおかしくありません。安田仮説の考えですが、朝鮮にあった百済が滅び、百済復興運動が白村江の戦でかなわぬ状況になり、難民として日本へやってきました。その人たちから安田の名字が生まれています。日本書紀では2000人以上とのことです。私は事実としてあったと信じていて、難民なので女性も多くいたものと思われます。どれだけ遺伝子に影響したかは不明ですが、何かしらはあったと思われます。

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