2022年4月25日月曜日

すめらみくに

 『古代メソポタミア語文法―シュメール語読本 (オリエンス語シリーズ)』、飯島 紀、信山社 (2011/6/10)の「あとがき」に、以下の文章がありました。

なお戦時中、日本は皇国(すめらみくに)と呼ばれ、これと誤解されないようにシュメールと呼んだが、これからは正しくスメルと読もうという話がある。大変良いことと思うが、本書では気にしないこととした。

驚きますが、皇国というのはシュメールの国との意味だったと思えます。「すめらみこと」は天皇のことですが、つまりは天皇は、シュメールの王を名乗っていることになります。古代メソポタミアで使われている楔形文字は、シュメール人が作ったと考えられています。この地域の人に、スタートがシュメールであるという認識があったということです。

「あとがき」の前の方で

ウル町で、と言う時urimと書くことからシュメール語の神様と言われるSN.クレーマーやA.ペーベルは、フランス語と同じように、単語の語尾子音をサイレントにしたと提案している。後に母音が来ない限り-imを読まない。その理屈からシュメールの発音はシュメ又はシェムであったと仮定すればセム族との共通の先祖であったと考えられないか、という荒唐で大胆な意見を「シュメールからエルサレムへ、禁じられた仮説」と題してJ.サッスーンが展開している。旧約聖書によるとシェムはノアの長男であり、シェムの子たちはエラム、アッシリア、アラムなどとなっているが、これは実はシュメールを取り囲む国々であることは周知の事実である。・・・

旧約聖書の話からみて、この地でシュメールの王と名乗るのは、正統性を強調するものであると考えられます。天武天皇がササン朝ペルシャの人とすれば、日本に来て、自分の正統性を主張するのにシュメールの時代まで遡って、「すめらみこと」と名乗って不思議はありません。1年くらい前にペルシャのことをいろいろ書いてましたが、荒唐無稽な話ではないような気が一段としてきます。

天武天皇、ペルシャ人?とか 

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