芦浦観音寺は滋賀県草津市北部の芦浦町にあります。国会図書館のデジタルライブラリーで「近江:歴史と文化」川勝政太郎著の中に載っていました。
秀吉の時代に船奉行を命ぜられ、琵琶湖の水運を一括差配するようになったということです。この本には
近世の琵琶湖の湖上通行の実権を握っていたことは有名だが、湖上通行の許可と通交税の徴収によって大きい権力と経済力を持ったのである。叡山焼打ちのあと、坂本にいた西川氏出身の詮舜《せんしゅん》は観音寺に入り、秀吉の征韓の軍に、琵琶湖の水手《かこ》200人を集めて水軍を組んで参加した・・・
とあります。
秀吉の時代であっても、対外的には琵琶湖の水運に利用価値があったということだろうと思います。遣隋使や遣唐使の時代であればなおさら琵琶湖の水運の利用が重要であったと思います。
芦浦観音寺のpdf
追記:H30.10.29
船奉行は12名いたと何かに書いていました。それほど有力では無かったかもしれません。
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