2023年4月11日火曜日

アルタイのデニソワ人

 アルタイつながりですが、『人類の起源-古代DNAが語るホモ・サピエンスの「大いなる旅」 (中公新書, 2683)』篠田謙一、中央公論新社 (2022/2/25)を借りてきて読んでます。

41頁にデニソワ人のことが書いてあります。

デニソワ洞窟は、ロシアと中国そしてモンゴルの国境に近いシベリア西部のアルタイ地方にある洞窟です。二〇一〇年に、この洞窟から出土した指の骨(デニソワ三号)と臼歯(デニソワ四号)のDNAが分析され、その結果からネアンデルタール人ともホモ・サピエンスとも異なる未知の人類のものだということが判明しました。デニソワ人と呼ばれるようになったこの未知の人類は、形態的な特徴が不明なまま、DNAの証拠だけで新種とされた最初の人類です。

デニソワ洞窟からはネアンデルタール人だけでなく、ホモ・サピエンスがつくった遺物も見つかっており、少なくとも異なる三種の人類によって利用されたことがわかっています。・・・

遺伝の話が続いたあと、

ネアンデルタール人と私たちが、数十万年間にわたって交雑を繰り返していた可能性があるということです。

ホモ・サピエンスの出アフリカの定説も見直しの可能性があるようです。

45頁には

デニソワ人の正体
デニソワ洞窟からは、二〇一八年にさらに驚くべき発見が報告されています。この洞窟で発見された九万年前のものとされる一センチメートルほどの長幹骨の破片(デニソワ一一号)から抽出されたDNAが分析され、この人物がネアンデルタール人の母親とデニソワ人の父親から生まれた混血であることが判明したのです。骨の厚さから一三歳前後と推定されており、ゲノム分析の結果、女性であることがわかりました。デニソワ洞窟からはネアンデルタール人とデニソン人のゲノムが見つかってますから、両者が交雑したとしても不思議ではないのですが、その直接的な証拠が見つかるのは奇跡的なできごとというべきでしょう。

48頁で、

デニソワ人の分布を証明する直接的な化石証拠は、今のところデニソワ洞窟とチベット高原だけですが、彼らがより広範囲な地域に分布していたことをうかがわせる証拠が、ゲノムの解析結果から得られています。・・・

また、チベット高原の現代人が持つ赤血球を調べることで、その中で働く遺伝子の変異がデニソワ人に由来することも判明しています。この変異は酸素の少ない高地で有利になるもので、ホモ・サピエンスが高地に進出する際に、この変異した遺伝子を交雑によってデニソワ人から受け取ったと考えられます。

ホモ・サピエンスはアフリカ出立して、進化しながら各地域に広まったのではなく、先達の適応した遺伝子を取り込みながら広がったということです。進化は一直線上でなく、からみながらだったということを考えれば、言語の進化も同様に思えてきます。

ウラル・アルタイ言語の元がネアンデルタール人からかと思いそうになりますが、65頁には

ホモ・サピエンスの持つ言語能力に関係するといわれているFOXP2遺伝子を取り囲んでいるゲノム領域では、ネアンデルタール人由来のものがまったく見られないことが判明しており、そこから言語に関する遺伝子領域が、ネアンデルタール人と私たちの違いを生み出している可能性も指摘されています。さらに、遺伝子の発現を制御する調節領域では、ネアンデルタール人由来の遺伝子が排除される傾向が強いことも明らかになっています。

残念ながら『人類の起源』で前半1/4ぐらいのメモ書きです。 もう少し読めればと思います。

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