2022年7月26日火曜日

三内丸山遺跡の第26号掘立柱建物跡

 『文化財が語る日本の歴史』、會田 康範 (編集), 下山 忍 (編集), 島村 圭一 (編集)、雄山閣 (2022/5/31)

この本に縄文時代のことが書かれています。 大型の六本柱の遺跡、第26号掘立柱建物跡です。これに、建物説と巨木柱列説があり、復元されたものは折衷案として屋根なしの3層構造のものになったそうです。 大田原潤説では、巨大柱列を、二至二分(夏至冬至春分秋分のこと)に関係し、

4.2mの等間隔に配置された3本2列の長方形に配置されたその柱穴の長軸方向は、夏至の日の出、冬至の日の入りの方位を示す(図1)。対角線の一方は東西を指し、春分、秋分の日の出の、日の入りの方位となっている。夏至には2列の間に日が上り(図2)、冬至には2列の間に日が沈むことが確認される。・・・・

なお、二至二分に関する事例を大田原の事例を元に著名な三内丸山遺跡に求めたが、ほかにも同様に認められる縄文遺跡は多々存在する。・・・

そのように二至二分に関する事例は枚挙に暇がなく、偶然の一致を脱しているとの判断は強ち間違いではなさそうだ(小林編2005)。

図1,2(『文化財が語る日本の歴史』33頁)


掘立柱建物だろうとは思いますが、天文学的な知識が古い時代からあったとして、文明の発生と同じ時代のような気がしてきます。

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