2020年4月9日木曜日

舒明天皇

 推古天皇を継いだ天皇です。以前に推古天皇=持統天皇、舒明天皇=文武天皇ではないかと考えていましたが、日本書紀を見ていませんでした。推古天皇の皇太子豊聡耳尊が薨去された。その後、天皇が崩御され、天皇の後継が決まっていなかった中で、舒明天皇になった皇位継承の話が主として述べられています。おそらくこれは、持統天皇から文武天皇への皇位継承がスムーズに行かなかったことを反映していると思われます。業績については簡潔に述べられているようです。舒明天皇八年秋七月に、卯の時(午前五時)に参朝、巳時(午前九時)に退朝させよとあります。 『隋書』倭国伝に「倭王、天を以て兄と為し、日を以て弟と為す。天未だ明けざる時に、出でて政を聴き、跏趺して座す。日出づれば便ち停む。・・・を意識してあわしていると思われます。
 重要なのは、皇后の宝皇女が、二男一女をお生みになり、それが天智天皇・間人皇女(孝徳天皇皇后)・天武天皇であるということです。舒明天皇の「舒」の意味は、「のべる。のばす。のびる。ひろげる」で例として「舒巻」「舒展」があるようですが、名前の通りこの天皇から皇統の展開が明らかになると淡海三船は意味づけたことが考えられます。書紀の意図する歴史、壮大なフィクションが始まるとしているように思われてきます。

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