2013年9月18日水曜日

名字:松本、竹本、福本、福田

 松と竹の関係ですが、「安田仮説」本の松本のところを見ると、竹本との相関係数は0.61です。
松本は関東地方に多いようです。


 
 
 
松と竹の関係だけに注目していましたが、よく見ると2番目に福本があります。相関係数0.67です。松竹梅と福のおめでたつながりに思われます。また福田とも0.62で関係ありそうです。逆に「安田仮説」本の福田を見れば相関の一番高い名字が松本になっています。
 
分布図では少し違う部分もありますが、数値的にはおめでたい名字の仲間になるように思われます。
 

2013年9月17日火曜日

名字:松田、竹田


松田と竹田は関係ありそうです。相関係数0.58です。松田と竹田の分布図を示します。






名字が松のところの田んぼ、竹のところの田んぼということであれば、竹と松が同じような場所になければならないことになります。従って、実際の松や竹があるということでは無く、松竹(梅)というつながりの中で名字が拡散していったものと考えられます。最初は松田さんのまわりに松が、または竹田さんのまわりに竹があったかもしれませんが、そのうちに松と関係なく広がっていったのでは無いかと想像されます。あと松竹梅の順位が影響しているかもしれません。梅の相関が何となく低くいことも、梅のつく名字を嫌ってしまったのかもしれないという気がします。

以下は個人的な松・竹・梅のメモです。
松竹梅で相関がありそうですが、「安田仮説」本の相関の高い名字の表で見ています。
まず3枚目です。
松田との比較ですが、2番目に竹田、相関係数0.58、12番目に梅津、27番目に佐竹があります。
同じく竹内ですが、26番目に松井があります。
5枚目の武田ですが、竹田は相関30傑には無いですが、4番目に梅津があります。
その下の松井、松尾には30傑には残念ながら出てきていません。
6枚目の小松ですが、3番目に竹村、5番目に佐竹、7番目に武内、30番目に梅原があります。
7枚目の松岡ですが、11番目に竹本、27番目に武内があります。
8枚目、松下、松浦には30傑に出てきていません。
9枚目、松村ですが、16番目に梅田があります。
10枚目、松原は、21番目に竹本があります。松永にはありません。
12枚目、竹田は、19番目に武田がありますので、竹から武への置き換えが行われたと思います。
13枚目、武藤ですが、2番目に大竹があります。竹と武の関係があることを示しているようです。
14枚目、松崎は、15番目に竹下があります。
16枚目、村松、松山ですが、30傑に出てきていません。
17枚目、梅田では、8番目に竹原、26番目に竹中があります。大竹には武藤ぐらいです。
18枚目以下省略します。

2013年9月15日日曜日

「小」のつく名字

林→小林、を考えると、奈良時代から平安時代にいたる東方進出と重なります。ある程度の集団移住が行われた結果と思えます。そうすれば、山田→小山、(中川、西川、北川→小川かはわかりませんが)、・・などの小のつく名字は奈良時代から平安時代にかけて発生した名字であると想像してよいように思われます。素戔嗚尊の田を荒らす乱暴狼藉の神話があります。日本書紀の成立する前の時代です。誰がこんなことをするのだと思いますが、おそらく先住民に了解なく、武力で新田開発を押し通したため、ゲリラ的に妨害を受けた話が元になってるのではないかと想像しました。これから類推すれば、奈良時代から平安時代の関東地方進出にも、強引に行い、これが新たな武力集団、武士の発生をもたらしたんじゃないのかと妄想します。

2013年9月14日土曜日

名字:竹田、武田

武田からはわかりませんが、竹田からは武田と相関があることがわかりました。
相関係数は0.46です。竹田から武田で広まり、武田からは竹田がわかりにくくなったのだと思います。
ほかの名字でも竹→武かなと思う名字もありますが、どの系統の名字が相関あるのかわかりません。


この図を見て相関があるとはちょっとそうとは思えません。武田信玄の甲斐国あたりではどちらも分布していないような共通点はあります。お殿様と同じ発音の名字も許されないような感じを受けますが、詳しくはわかりません。

2013年9月13日金曜日

名字:新田、真田

発音からみだと思います。新田と真田の相関係数が0.45です。
どちらもシンダかシンタと読むことでつながるのではと想像します。
分布図を示します。新田→真田ではないかと思います。


2013年9月12日木曜日

名字:湯浅、岩佐

湯浅と岩佐ですが、相関係数0.69です。ユアサとイワサですが、発音が似ています。
漢字が違いますが、関係あると思います。分布図ではまあ似てるかなという感じではあります。
しかし湯浅醤油の起源で
「湯浅醤油は、由良興国寺の開山覚心(法燈国師)が1228年(安貞2)年中国から径山寺味噌(きんざんじみそ)を伝えたことにはじまるといわれており、その溜に目をつけ、種々な工夫の末に醤油が醸造されるにいたったといいます。そして、正応年間(1288~93)には、岩佐治左衛門により近隣に販売されました。」とあります。醤油でのつながりのように思われます。和歌山県の特産品として、金山寺味噌(きんざんじみそ)で有名らしいです。湯浅と相関が高い名字の人でお味噌屋さんがおられるのですが、関係あるかもしれないなと思います。特徴ある名字がマーカーになって、相関の高い名字も追跡出来るのかもしれません。




2013年9月11日水曜日

名字:菅野、紺野

菅野と紺野の相関係数が0.98です。何かの間違いかもしれませんが、そうでないとすれば、
カンノとコンノと発音が似ているということで、菅野から紺野に変更したのかと思います。
間違えて同じようなデータを持ち込んだ可能性はあります。
分布図を示しておきます。圧倒的に東北地方に多い名字です。