2015年11月9日月曜日

NHKスペシャル アジア巨大遺跡 第3集「中国 始皇帝陵と兵馬俑」を見て

 日本も中国の影響を受けていることを感じました。
1.番組では日本の前方後円墳とは始皇帝陵が異質なものであるとの説明でしたが、日本のものもスケールが小さいですが、埴輪とか墓の周りに配置するなど影響を受けているように思いました。

2.中国の統一にあたって、文字の統一政策の話がありましたが、日本での万葉集(防人の歌など)に結びつくものがあるかも。

3.始皇帝は銅車馬というもので統一後に全国を巡ったそうです。この巡行を5回行っているそうですが、行く先には、少し前まで敵の地であったところがあり、命を狙われることもあったそうです。斉があった山東省成山の海にのぞむ小高い丘で祈りをささげる玉壁と玉圭が発見され、これが秦などの西の方の風習だと考えられ、斉の人が東から昇る太陽をあがめてきた場所で始皇帝も同じく祈りをささげる行為を行った、との話でした。映像では、何か伊勢神宮を思い出しました。
日本での天皇巡幸も同じく、中国のやり方をまねて、その当時の国境の地域を巡ったと十分に考えられます。東限を表している可能性は大です。忘れるかもしれませんが、覚えておきたいことです。

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