2019年4月5日金曜日

舒明天皇のいきさつ

日本書紀、巻第二十三 息長足日広額天皇《おきながたらしひひろぬかのすめらみこと》 舒明天皇
(日本書紀➂、新編日本古典文学全集4,小学館)を見ました(今まで見てませんでした)。
 後継が決まらぬままに推古天皇が崩御し、、そのあとに舒明天皇に決定したいきさつについて書紀は記しています。この部分は以上に詳細な記述で、おそらく書紀は重要と考えているのだと思います。田村皇子(舒明天皇)と山背大兄王と対立があり、群臣の協議により決定したようです。ここで推古天皇を持統天皇と考えると、孫の代の天皇の皇位継承について話が展開しています。つまり、持統天皇から文武天皇に皇位継承されることを正統化している内容のように思えてきます。天皇が一代飛ばしになったのは、推古天皇と持統天皇の時だけのように思いました。この舒明天皇の即位の部分は、後の持統天皇から文武天皇への引き継がれることの伏線になっているように改めて感じました。当時の人たちにとって、一代飛ばしの皇位継承は不自然に思われ、その弁解のために異常と思えるほどに詳しく記したこの部分があるのではという気がします。持統天皇と文武天皇の関係をそのまま推古天皇と舒明天皇の関係に持ってきてはいないようですが、潤色が強い部分と思われます。
 上記の本に舒明天皇の系図があったので、まねして作ってみました。
継体天皇からの系図.png

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